人、街、酒

第10回


辰馬本家酒造株式会社の第15代当主・辰馬章夫さん。長い歴史を持つ企業の体質についてお聞きしました。


人を創る、人が造る


 辰馬さんは、2006年6月、次男・健仁さんに社長を交代し、会長となりました。

 「会社のことは一切、社長に任せています。私も代表権はありますので、経営参加はしていますし、相談されれば答えますが、自分からは口出ししないようにしています。私の頃は、先代が私を飛び越えて、口をはさむことがありましてね。私が少しでも動きやすいようにと気づかってくれていたようなのですが、社員たちは煙たかったでしょうね。現在、日本酒業界は苦戦していますし、社長は大変ですが、伝統を大切にしつつ、新しいことへの挑戦も恐れず、よく頑張ってくれています」

 震災で、木造の酒蔵を全て失ってしまった同社ですが、社長は「昔ながらの酒蔵を再建し、酒づくりをしてみたい」と夢見ているとか。

 「巨額のコストがかかる話ですし、簡単に実現はしづらいですが、その想いを持っていてくれることがうれしいですね」


千年万年の継続


 辰馬本家酒造は創業350周年を迎えました。

 白鹿の『白』は、上に1本横棒を加えれば「百」になることから、99歳を白寿と言うように、百に繋がる意味を持っており、また、「白」の1画目を首と見立てれば、亀の形になります。『鹿』は中国では「鹿寿千年」と例えられる縁起のよい文字であり、「白鹿」の名には、「千年万年の長寿」への願いがこめられているのです。

 「歴代の社員がリレーして繋いできてくれた歴史ですが、350年と言ったところで、千年万年の未来と比較すれば、まだハイハイしているようなもんです」

 急成長は望まず、一代で成し得なくても次の代、さらにその次の代で完成できればよい、とも。

 「オーナー企業だからこその利点もあります。赤字は避けたいけれど、仮に赤字になっても長いスパンで上昇していればよい、限りなく完全に近づけるという在り方ができます。利益だけに限らず、例えば職場の安全についてですが、細心の注意を払っても労災事故はなかなかゼロにできません。限りなくゼロに近づけていく日々の努力が重要です。よく言われる『職場の5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)』のほかに、『安全のABC』という言葉があります。『当たり前のことを、馬鹿にしないで、ちゃんとやる』。これは全てに通じること。わかりやすいでしょう?(笑) 当たり前のことの積み重ねが、優れた商品を生み、長い歴史を築いていくのだと思います」。


つづく



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